2/2は「世界湿地の日」ということで湿地の話をしましょう。湿地が陸地になると、そこにいた魚や両生類、ゲンゴロウやタガメなどの水生昆虫は当然いなくなります。そして、湿地は日本各地で消滅し続けています。
吉祥寺にある井の頭公園は、都会にありながら“かいぼり”の後に希少な動植物が戻ってきた好事例。井の頭公園の湿地再生は認定NPO法人「生態工房」が手がけています。
“かいぼり”という一過性のイベントで終わらず、その後の環境改善モニタリングや情報発信、イベントによる地域住民の巻き込みしていく手法は、これから湿地再生したい現場でも大いに参考になるもの。
井の頭公園現地では、ボートで池にくり出したり、周辺の遊歩道から“かいぼり”の成果や、浅場(エコトーン)による湿地再生の工夫などを間近に見ることができます。咲春、訪問したときの様子からご紹介。
日本で世界で。消滅する湿地
ラムサール条約によれば、1900年以降に世界の湿地の64%が失われました(参考)。国土地理院によると、日本では明治・大正時代の湿地面積の61.1%が1999年までに失われました。これは琵琶湖の約2倍の広さに相当します。
近年では、高齢化や後継者不足による耕作放棄も目立ちます。田んぼやため池などから構成される里地里山環境も水辺の生き物の重要な生息地です。こうした生産・生活のため定期的・周期的に人の手が入ることで維持されてきた環境を「二次的自然」と呼びます。
例えば、種の保存法「特定第二種」パンフレットでは、両生類、淡水魚類、昆虫類の約7割が二次的自然に生息するとしています。
耕作放棄された湿地は自然に返っていくからいいことじゃないか、と思うと実はそうではありません。
里地里山が管理されなくなると、田畑で言えば裸地から草原へ、草原から森林へ変化し、やがて原生状態に戻ります。 学校で習う「植生遷移」です。
その変化は想像以上に早く、耕作放棄されて5年もたてば、休耕田は湿地としての機能を失ってしまうと考えられています。そうすると、水田や水路に暮らしていた生物もいなくなります。
井の頭公園の“かいぼり”事例
東京の繁華街、吉祥寺。その一角にある井の頭公園(正式には「井の頭恩賜公園」)は周辺住民の憩いの場として親しまれています。かつてはナミゲンゴロウが生息するほど自然豊かな場所でしたが、“かいぼり”前は、緑色に濁った水の池になっていました。
2014年から3回にわたり池の水を抜く“かいぼり”を行い、水草に覆われた様子が「モネの池のよう」とマスコミに取り上げられた成功事例です。
井の頭公園のかいぼりと湿地再生活動
経緯や内容くわしく説明すると大変なので、当時の報告会の資料など見ていただくとして、井の頭公園では3回にわたるかいぼりのほか、以下の活動を行っています。
- かいぼり
- 浅場の整備
- アメリカザリガニの駆除
- 普及啓発イベントの実施
かいぼりH25 報告会資料集
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000042937.pdf
かいぼりH27 報告会資料集
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000042932.pdf
かいぼり29 報告会資料集
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000042927.pdf
“かいぼり”するのは何のため?
TV番組で有名になった、池の水を全部抜く“かいぼり”。番組の影響で外来種駆除のためというイメージが強くなりましたが、元々は、稲の収穫期後の冬に、ため池の水を抜いて干し、底にたまった泥を取り除いて、ため池にひび割れや水漏れがないか等を点検する作業のことです。
ため池には、落ち葉や枯れた水草、雨で流入した土砂などで、どんどん泥が溜まっていくんですね。管理放棄されたため池で、腰まで埋まった経験ありますが、そうなるともう身動き取れません。定期的に池の水を抜くのには、そうなる前に泥を取り除く役割がありました。
また、鯉やブラックバスなどの外来魚は、在来種を圧迫する存在です。接続している水域との関係もありますが、独立したため池なら、水を抜けば外来魚は根絶できるのが“かいぼり”のメリットのひとつです。
“かいぼり”関係は各所から実践マニュアルが出ているので見てみてください。
「浅場」でエコトーンの整備
都会の池や水路は岸辺が護岸されていることが多いと思いますが、治水にはよくても生き物を増やすには工夫が必要です。岸からいきなり水深50cm、みたいな環境はあまり良くないんですね。
水深数cmの「浅場」を設け、そこに葦などの水生植物が生えることで、大きな魚が入ってこられないので稚魚が隠れたり、遊泳力がない多くの水生昆虫が増える場所になります。また、それらを餌とする水鳥なども集まってきます。
こうした、水中と陸上をゆるやかにつなぐ移行帯を「エコトーン」と呼びます。実際、井の頭公園のエコトーンでヒキガエルのオタマジャクシが群れている様子を観察できました。
井の頭公園の浅場は何箇所か設けられていますが、一つは人通りが多い中央の橋からよく見える場所にあり、地域住民に理解が広がる効果が期待できます。
“かいぼり”でも根絶できないアメリカザリガニ
アメリカザリガニは、水草や水生昆虫を食い荒らし、在来種を大きく減らしてしまう侵略的外来種。2023年6月から「条件付特定外来種」として、輸入・売買・放流等が禁止されます。そのアメリカザリガニですが、“かいぼり”の後も駆除が必要なのはどうしてでしょうか。
アメリカザリガニはなんと、数ヶ月池干ししても、地中深くに穴を掘ったりして生き延びてしまいます。その上、取り漏らしがあれば爆発的に増えてまた元の個体数に戻ってしまう、根絶な困難な側面を持っています。「根絶」とは、1匹もいなくなるということです。
こういう根絶困難な種がいるときは、害が一定程度で収まるよう「低密度管理」します。増えるより早く捕獲していくと、個体数の増加を抑えられるという仕組みです。
井の頭公園では、200個の罠を仕かけて継続的に捕獲圧をかけ、アメリカザリガニを低密度に抑え込んでいます。
ただし、半永久的に人員が拘束されてしまうため、どうしても保護したい希少種がいたり、活動を維持できるだけの組織力・資金力がある所だけでできることで、多くの湿地はアメリカザリガニ侵入とともに人知れず壊滅しています。入れないのが、一番です。
普及啓発イベントの実施
なぜ第三者にすぎない私が井の頭公園ウォッチャー的にこうした状況を知っているかというと、関係者の情報発信が上手だからです。池を管理する東京都建設局のページにある「かいぼり新聞」や「井の頭池だより」、あるいは湿地再生を担当している 認定NPO法人 生態工房の公式Facebookページ を見ると、その情報量やイベントの数にびっくりするはず。
例えば、東洋経済オンラインに池の水を抜いたら水鳥がいない「死の池」に、という刺激的な記事が載りました。かいぼりで投棄自転車が200台出てきた逸話などから井の頭公園の事例であることは明らかです。
でも、「かいぼり新聞」や「井の頭池だより」読者であれば、水鳥のモニタリングが毎月行われ、カモ類の種類と羽数を継続的に記録していること、水鳥のカイツブリなんかはかいぼりのたびに繁殖数が増え直近2022年は最高値を記録していることを知っているわけです。
都市における“かいぼり”は地域の祭りでありコミュニティの再生でもある
東京都の井の頭公園、八王子・長池公園、埼玉県の大宮公園や上尾丸山公園などの“かいぼり”を手がける認定NPO法人生態工房。彼らが現場での作業に加え、これだけ情報発信に力を入れているのはなぜでしょうか。
私が思うに、より多くの現場でより多くの自然環境を再生し、それを維持発展させるには、地域住民の巻き込みが必須だからです。生態工房はプロのノウハウは持っていますが、すべての現場に365日張り付くわけにはいきません。
都市の公園などは開かれた公共地です。無節操な餌やりの抑止や、ゴミや外来種を捨てにくい雰囲気づくりなどは、結局の所直接参加しない人も含めた、地域住民の理解にかかっています。
大宮公園の“かいぼり”について、2022年末の埼玉県知事の会見がよいことを言っていたので、長いですが該当部分貼り付けさせていただきます。
「(県知事)改善された水質をより長く維持するためには、船遊池に対して多くの方に愛着をお持ちいただき、保全にも協力いただくことが必要であります。」なのです。
- かいぼり後の水辺再生・保全活動の核となるボランティアリーダー「大宮池守(いけもり)」40名の育成
- 一般ボランティア含め300人規模の「大宮公園大掻掘まつり」の開催(上記写真)
県のトップが、これだけ具体的に実施内容を把握し自分の言葉で話せる、すばらしいことですね。