2020年は都内でもサルやシカの侵入事例が報道されていますが、北関東のフィールドでも田畑が獣害対策の電気柵で囲われている光景が当たり前になってきました。幸い今までのところ直接出くわしていませんが、予備知識としてシカやイノシシの増加状況について調べてみました。
- 鳥獣による農業被害は毎年150〜200億円
- シカとイノシシによる被害額で過半数を占めている
- 直近30年弱でシカは8倍イノシシは3.5倍に個体数が増加した
- 環境省農林水産省では2023年までに個体数半減を目標とした10年計画を実施中
- 2014年をピークに個体数は減少に転じたが高止まりしている
- この50年で日本の森林蓄積量は3倍に増加し、個体数増加に寄与。
- 自然環境が貧困だからではなく、都会に出てくるほど個体数が増えている
市街地でも相次ぐシカやイノシシの目撃事例
札幌のシカや福岡の暴走イノシシなど、今年も大都市に侵入した大型動物がニュースとなりました。福岡などは繁華街からも近い大濠公園で、かつ警官が素手で捕獲を試みている動画が流れ衝撃を与えました。
体重50kgで時速40km以上出る牙を持った大型動物が突っ込んでくるわけですから、私などは見るだけで怖くなってしまいます。全速力でママチャリこいだとしても時速20km〜30kmくらいですからね。
いきなり余談ですが”写真が良すぎて中身が入ってこない”と話題になった須賀川理さんは毎日新聞を代表する動物カメラマン(同僚評)なのだそうです。
参考)福岡・大濠公園にイノシシ 警官ら大捕物、逃走後「御用」に[写真特集4/11]- 毎日新聞
参考)「毎日フォトバンク」検索結果
このムツゴロウ写真なんかいいですね。
有明海の干潟で雄が盛んにジャンプ ムツゴロウ求愛シーズン 佐賀・小城[写真特集1/9]- 毎日新聞
都内にもシカやサルが出没
東京都に限っても、2020年は青梅市でシカと衝突したオートバイ男性が死亡するなど、人的被害が発生してしまいました。
荒川河川敷で捕らえられたシカは「殺さないで!」という声が相次ぎ引き取られたそうですが、実はシカやイノシシは全国的に増加していて、今後市街地に進出してくることが確実視されています。
- 2020/06 東京都荒川にシカが出没、警官20人が出動する騒ぎに
- 2020/07 東京都青梅市でシカと衝突したオートバイ男性が死亡
- 2020/08 港区など都内5区を猿が横断して消える
実際、北関東のフィールドでは田畑が獣害よけの電気柵で囲われている場所も珍しくなく、農家の方に「自宅用に作っている作物全部イノシシに食われてしまう」など具体的な話も聞いています。
冒頭の写真はため池周辺に残されたイノシシの足跡です。
野生動物が広げるマダニの脅威
農業被害や直接的な遭遇に加え、死亡例もある病気「SFTS」を媒介するマダニも大きな脅威です。肌の露出を減らしたり、忌避剤を使うなど、私もかなり注意しています。
参考)国立感染症研究所「マダニ対策、今できること」パンフレット
増加の要因ははっきりしていないが、厚労省の担当者は「マダニに寄生されたシカなどの野生動物が山を下りて人家の近くに出没するようになったことが考えられる」と分析。
マダニ感染症、増加傾向 発生地域拡大の懸念も: 日本経済新聞
マダニは葉先などで待ち構えていて、通りがかった動物に取り付きます。フィールドでは草むらは避けられませんから、怖いですね…
生息域を拡大する熊
今回の記事ではシカとイノシシだけ見ますが、石川県で「この辺りでまだ捕まっていない熊がいるから」と車で送られる経験をしたり、都民にはお馴染みの高尾山周辺でも目撃情報が出るなど、熊も脅威の一つです。
シカなどはまだ「かわいい」の声もあろうと思いますが、人間が素手で熊に立ち向かえないことは明らかで、人的被害が懸念されます。
この30年で4-8倍に激増するシカやイノシシ
近年、シカ(ニホンジカ)及びイノシシについては、急速な生息数の増加や生息域の拡大により、自然生態系、農林水産業及び生活環境に深刻な被害を及ぼしており、捕獲による個体群管理が不可欠となっています。
野生鳥獣による農作物被害金額は農林水産省で取りまとめていますが、シカとイノシシで過半数を占めています。対策が進み、金額ベースでは減少傾向にあるようです。
こうした状況を受け、環境省と農林水産省は「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」(2013年)を共同で取りまとめ、「ニホンジカ、イノシシの個体数を10年後(2023年)までに半減させる捕獲目標を立てています。
それではシカやイノシシの生息数推移はどうなっているか。2017年末時点の統計的な推計で、ニホンジカの個体数は、中央値で約244万頭、イノシシの個体数は、中央値で約88万頭と推定され、2014年度をピークに減少傾向にあります。
シカの個体数は30年弱で7.9倍に増加
統計がある1989年が31万頭、2017年が244万頭ですので30年弱で7.9倍に増加し、2014年から減少傾向にあるものの高止まりしている数値になっています。
なおイノシシがいない北海道ではシカ被害が大きく、集計基準が異なることから別推計になっています。北海道単独で66万頭いるそうです。
イノシシの個体数は30年弱で3.5倍に増加
統計がある1989年が25万頭、2017年が88万頭ですので30年弱で3.5倍に増加し、同じく2014年から減少傾向にあるものの高止まりしている数値になっています。
対策が進み、シカやイノシシの生息数は2014年をピークに減少傾向になっていることがわかりました。一安心ではあるものの、環境省では半減目標を達成するには現在の1.77倍の捕獲率が必要としていますので、減少幅はゆるやかになるものと思われます。
森が増え、野生動物の都会進出が進む
なぜシカやイノシシが増えているかというと、狩猟者の減少や以前の保護政策に加え、餌を供給する森が育ったから、という要因もあります。
林野庁の統計によれば、この50年で日本の森林資源量は3倍に増えています。森林面積は大きく変わっていないので、このグラフは植えた人工林が育ったことを示しています。
なんとなく昔の方が自然が豊かで、都市化によって自然環境が破壊されたイメージがあるかもしれませんが、薪や建材需要で切り出され、明治時代はあちこちに禿山がありました。
林野庁の「明治期の治山事業について」や「後世に伝えるべき治山 ~よみがえる緑~」あたりに沢山資料がありますが、山林の荒廃は資源の枯渇や災害の頻発を招き、国策として治山事業を行ってきた経緯があります。
有名な所では神戸の六甲山などは明治期に禿山になっていて、土砂崩れなど災害の原因となっていました。一番左の写真は小さくてわかりづらいですが、施工1年目の写真を見ると木々が小さく、山腹が荒れ地だとわかるかと思います。
滋賀県大津市の田上山は江戸時代には「田上山の禿げ」として全国に知られる禿山でしたが、同じく治山事業が行われ写真のように緑が回復しています。中央の施工中の写真はなかなか衝撃的ですね。
資料に40番とか42番とかあるように、林野庁で事例として紹介しているだけで60箇所もの治山事業が行われています(10個ほど近年の事例も含む)。
こうして増えたシカやイノシシが、森林から溢れて人里に降りてきます。つまり、自然環境が貧困だからではなく、都会に出てくるほど個体数が増えている、という構造です。
耕作放棄地も増えていて、人里と野生動物生息地との境界線が失われている場所が多いことも問題です。
私はむしろ、農山村での人間活動が弱くなったせいで、かつて奪った生活圏を動物たちに取り戻されつつあると考えている。もし野生動物の出没が人間のせいだというのなら、
— 桔梗屋@Deer Culler (@r_kikyoya) August 25, 2020
「動物たちが山から降りてくるのは、人間が動物のすみかを奪い続ける努力をしなくなったから」
と表現すべきではないだろうか。
1匹や2匹ならともかく、毎月のようにシカやイノシシが出てくるようになったとき、毎回警官が捕獲したり、「◯◯ちゃん」と名付けて引取先を探すことは困難になってくる未来が来るかもしれません。