外来種問題をテーマにした書籍「知るからはじめる外来生物」を読み終えましたので、レビューします。本書は特別展「知るからはじめる外来生物 ~未来へつなぐ地域の自然~」の解説書として大阪市立自然史博物館が執筆・編集したものです。外来種問題の基礎、種ごとの侵入状況や大阪・日本・世界の外来種問題とその対策について、2020年時点の最新情報をとりまとめてあります。ある程度外来種問題の予備知識ある人が読むとその解像度が上がる良書です。
「知るからはじめる外来生物」が急に売れだしたきっかけ
2021年1月にゆう太さん( @saichuta )主催のTwitterスペースが起点となって、「知るからはじめる外来生物」が数十冊売れ150冊以上売れ、ネットショップの在庫切れ→補充を何度か繰り返すという出来事がありました。私も聞いていました。それがTwitterで話題となり、オイカワ丸さんが紹介して更に売れていく流れが起きたのです。
Twitterスペースで話題になったのは、外来種問題に興味を持ったとき、どの書籍から読めばいいかということ。外来種問題は、ノネコにブラックバス、アメリカザリガニなど身近な種が絡むだけに、擁護派から外来種問題の基礎を踏まえていない言説が流通しています。
では本で勉強すればよいかというとそうでもない所が難しい所で、池田清彦氏の一連の著作や「外来種は本当に悪者か?」のように悪書が混じっています。「外来種は本当に悪者か?」では、○○大学の○○という研究結果によれば○○である、と列挙していきますが、実際には論文の解釈が間違っていたりします。
一般にある話題について語るとき、10ページと100ページでは内容が異なります。「知るからはじめる外来生物」は、150ページにわたって様々な話題を網羅的に扱っているので、10ページ的な内容は理解済の人におすすめの書籍です。お値段も1200円と手頃。
書籍「知るからはじめる外来生物」の特徴
書籍「知るからはじめる外来生物」は、2020年に開催された大阪市立自然史博物館の特別展「知るからはじめる外来生物 ~未来へつなぐ地域の自然~(公式サイト)」の解説書という位置づけです。
また、大阪市立自然史博物館では、2015年から2019年まで、市民参加型の外来生物調査として大阪府を中心にさまざまな外来生物の分布調査を行いました(報告書)。その成果は本書のほか、28の雑誌論文・学会発表としてまとめられています。
目次で語ってもらうのが早いですが、トピックの網羅具合が本書の特徴です。種名の羅列や代表種の紹介で終わりがちな所、大阪府の外来種侵入状況に数十ページ割いていて、マイナー種の説明もくわしいので新たな発見があることでしょう。
通常は省かれるトピックをコラム化することで、ホタル・金魚など新聞ネタになる話題もフォローしているのも、良い点でしょう。
「知るからはじめる外来生物」目次
第1章 外来生物とはなにか?…4
1 外来生物の定義…4
2 外来生物の定着とは?…5
3 似たような関連単語を考える…5
4 外来生物の持ち込まれ方…6
5 外来生物かどうかの判断の実際…7
6 この本で扱う外来生物の範囲…8
第2章 外来生物問題…9
1 日本における外来生物問題の歴史…9
2 外来生物は何が問題なのか?…9
3 外来生物問題の特徴…10
コラム 水生の外来生物に対する社会意識…10
4 外来生物がもたらす被害…11
コラム ホタルを放したときの問題…13
コラム 金魚を放す話…14
第3章 大阪府中心に分布からみた外来生物…15
1 植物…15
2 キノコ…18
3 昆虫…19
4 クモ…24
5 陸産甲殻類(等脚類)…26
6 淡水甲殻類…26
7 陸・淡水産貝類…27
8 扁形動物(プラナリア、コウガイビル)…31
9 魚類…32
コラム 大阪府におけるカダヤシの分布と生息環境〜在来種ミナミメダカとの比較〜…38
コラム 大阪府における「外来ドジョウ」の分布〜中国大陸系統と在来系統〜…39
10 両性爬虫類…42
11 鳥類…44
12 哺乳類…48
第4章 環境ごとにみた日本の外来生物問題…53
1 林周辺の外来生物問題…53
2 農耕地周辺の外来生物問題…55
3 市街地周辺の外来生物問題…56
コラム ヒアリの侵入を阻止する…57
コラム 竹ぼうきが運ぶ虫…59
コラム ノネコ問題…63
4 河川敷の外来生物問題…65
5 淡水域(河川や池)の外来生物問題…66
コラム コイ(ヤマトゴイ・錦鯉)…69
6 海域の外来生物問題…69
コラム 砂浜と干潟の外来植物…72
コラム 水産放流…73
第5章 日本の鳥の外来生物問題…75
1 小笠原諸島…75
コラム ヤギが放された日本の島…77
2 沖縄県の島々…77
3 奄美大島…80
コラム 島のノネコ対策…81
4 三宅島…82
5 北海道…82
コラム ウサギ島…85
第6章 国内外来生物と遺伝子浸透…86
1 国内外来生物(同種個体群がいない地域への侵入)…86
2 国内外来生物の遺伝子浸透(同種個体群がいる地域への侵入)…89
コラム 「第3の外来魚」飼育品種…90
3 国外からの遺伝子浸透(同種個体群がいる地域への侵入)…91
第7章 世界の外来生物問題…93
1 日本周辺から運ばれていった外来生物…93
コラム 世界に運ばれた日本周辺の海産魚…95
2 世界の淡水環境の危機…96
3 外来生物によって絶滅した世界の島の生き物…98
コラム ヴィクトリア湖の悲劇 外来魚ナイルパーチによる侵略…99
コラム ハワイ諸島固有のカタツムリの危機…102
第8章 日本の外来生物対策…103
1 日本が関わる国際的な外来生物対策の枠組み…103
2 外来生物法…103
3 生物多様性国家侵略…104
4 生態系被害防止外来種リスト…105
5 各地のブラックリスト・ブルーリスト…105
6 外来生物法以外の日本の外来生物対策につながる法的枠組み…107
第9章 外来生物問題への対応を考える…108
1 外来生物問題への対応を考える際に頭にとめておくべきこと…108
2 外来生物問題への対応…109
コラム 外来魚の駆除…110
コラム 希少な外来生物を保全すべきか駆除すべきか〜クニマスの例…112
コラム イケチョウガイをどう考える?…113
コラム 日本に放されたトキは外来生物…114
コラム 保全手段としての放流と「放流ガイドライン」…115
3 私たちにできること…116
コラム 淀川の城北ワンド群における外来生物駆除の取り組みの現状…117
コラム 学校教育と外来生物問題…118
第10章 外来生物を知るのに役立つ本…119
参考文献・ウェブサイト…119
大阪府外来生物リスト…132
執筆者(五十音順):
石田 惣、上原一彦、佐久間大輔、初宿成彦、長谷川匡弘、松井彰子、松本吏樹郎、和田 岳*
*は大阪市立自然史博物館学芸員
本書の外来種の定義には違和感あり
「知るからはじめる外来生物」の外来種(=外来生物)の定義は独特で、それが冒頭に書かれているのが本書のもったいない点です。冒頭だけ読んで、あれこの本の内容は大丈夫かなと思ってしまう人もいるのではないでしょうか。
外来種の定義については、世の中に誤解が蔓延しています。市販の本にも同等と間違ったことが書いてあったりします。(中略)「本来の生息域でない場所へ、意図的であるかどうかに関わらず、人間によって運ばれ、人の管理下を離れた生き物」を、外来生物といいます。この定義は広く受け入れられ…
書籍「知るから始まる外来生物」P4
日本と世界の外来種定義で見られるように、外来種の要件に「人の管理下を離れた生き物」を入れるのは一般的ではありません。おそらく、外来種の一部に問題を引き起こす侵略的外来種がいる、つまり外来種問題=侵略的外来種問題だとする階層構造を取らず、外来種=侵略的外来種として説明しようとしたため、管理下であるかによって問題のあるなしが変わってくるという説明が出てきたのかな、と想像します。
しかし、環境省と生物多様性条約、IUCN(国際自然保護連合)の「世界の侵略的外来種ワースト100」で見られるように、侵略的外来種の概念は国際的に使われています。
※第1章「外来生物とはなにか?」第2章「外来生物問題」に侵略的外来種は登場しません。同じ和田さんが書いている第8章「日本の外来生物対策」には侵略的外来種が出てきます。
例えば、環境省では外来種の定義を以下としています。稲も外来種だが駆除されない。駆除するかどうかは侵略性による。特に対策が必要なものは外来生物法「特定外来生物」で規制する、という建て付けになっているわけです。
外来種:導入(意図的・非意図的を問わず人為的に、過去あるいは現在の自然分布域外へ移動させること。導入の時期は問わない。)によりその自然分布域(その生物が本来有する能力で移動できる範囲により定まる地域)の外に生育又は生息する生物種(分類学的に異なる集団とされる、亜種、変種を含む)。
環境省「外来生物法」用語集
外来種と侵略的外来種を分ける考え方については、外来生物法成立の元となった中央環境審議会答申で述べられているものがわかりやすいでしょう。
外部からの生物の中には、古くから家畜、栽培作物、園芸植物、造園緑化植物等として用いられ、長い時間をかけて生活や文化に浸透・共存したものもあるが、在来種の捕食、在来種との競合、交雑による遺伝的攪乱、農林水産業への影響、人の生命や身体への影響等様々な影響を及ぼすものもあり、問題を生じている。
中央環境審議会答申「移入種対策に関する措置の在り方について」
私が知っている範囲では、外来種の要件に「人の管理下を離れた生き物」を入れている例は少数で、その多くが本展・本書を出典としています。新たな誤解が広まっているのではないでしょうか。少なくとも「この定義は広く受け入れられ」と言い切るからには、環境省や外来生物法の定義との差異について触れる必要があると思います。
また、同じ章で“そこで通常は、野外に定着した段階で外来生物として扱います”とありますが、これも外来生物法で未定着のヒアリや飼育個体を規制していることと整合性が取れず、読者が困惑するポイントです。
私は本職の一部で校閲もしますが、言い切りや比較に根拠が必要という点は見落としている方が多いように思います。