ザリガニがいる場所で水草や水生昆虫が少ないことは、よく知られています。2020年に外来ザリガニが「特定外来生物」に指定され、捕獲後の移動・飼育・販売・譲渡・放流が禁止されましたが、肝心のアメリカザリガニだけ「特定外来生物」から除外された理由は何でしょうか。その理由と経緯を調べてみました。
もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物を「外来種」と言います。ですから「外来種」という用語自体には、善悪の意味は含まれていません。
次に、外来種のうち害があるものが「侵略的外来種」とされ駆除対象になります。特に対策が必要な種は「特定外来生物」に指定され、法律で放流・販売・譲渡・放流などが禁止されます。
そもそも侵略的外来種とは?という話はこちらの記事を御覧ください。
追記。2021年8月の専門家会議で、アメリカザリガニ・ミドリガメ規制を念頭に、法改正による“規制の仕組み必要”との提言がまとまり、具体的には種の保存法「特定第二種」の外来生物法版的なものが想定されています。この経緯について、詳しく解説します。
追記2。2022年3月1日、政府は外来生物法を一部改正する議案を閣議決定しました。国会審議と法改正を経て、来年2023年にはアメリカザリガニが特定外来生物に指定されます。
2020年に外来ザリガニが「特定外来生物」に指定された
2020年にアメリカザリガニを除く外来ザリガニが「特定外来生物」に指定され、捕獲後の移動・飼育・放流・販売・譲渡・放流が禁止されました。既存で飼育している規制種は許可を得ての飼育継続が認められます。外来ザリガニに規制が加わったのは、近年、ミステリークレイフィッシュという単為生殖可能な種が輸入販売され、今指定すれば実効性ある規制が可能、と期待されているからです。
造形は格好いいんですけれども、外に放すのは絶対NGです。
アメリカザリガニが特定外来生物に指定されないのは「効果がない」から?
一方で一番拡散・蔓延しているアメリカザリガニはなぜ除外されたのでしょうか。アカミミガメと並び「特定外来生物」要件的には本丸的な種が指定されない理由は、今さら「特定外来生物」指定しても効果が見込めないという懸念があるようです。
この辺りは、特定外来生物の指定に関わる専門家会合である所の第4回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物)議事録(2005)あたりで激論が繰り広げられています。
今さら指定しても仕方ない、という考え方と、それでもまだ侵入していないエリアに対する抑制になるのでは、という考え方があり、環境省は前者の立場であったようです(当時)。
【岩崎委員】
であるならば、アメリカザリガニはぜひ指定すべきです。アメリカザリガニは北海道とか沖縄とか小笠原とか、結構まだ自然度が残っていて固有種が残っているところには、まだ分布していないか、あるいはまだ密度が低いということですね。
僕は、初めアメリカザリガニはなかなか防除が難しいということもあったりして、日本全体の根絶なんか不可能だし、本州とか四国、九州の特定水域で駆除するのも不可能だし、それは仕方がないのかな、でも特定できないかなと考えていましたけれども、そういう重要な水域にアメリカザリガニがいて、本州で一時期大発生したときには、アメリカザリガニは穴を掘って、要するにチュウゴクモクズガニと同じような浸食被害がちょっとあったりとか、稲への被害があったりしましたよね。
それが沖縄や小笠原とかで起こる可能性もあるわけです。北海道でも起こる可能性もあるわけですね。北海道の場合、ニホンザリガニもいるわけですね。そういうところへの運搬を防ぐ、移動を防ぐ、それだけでも効果があるじゃないですか。さらに重要なところは特定水域だけ防除すれはいいじゃないですか。第4回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物)議事録(2005)
(別委員の発言を挟んで…)
【環境省 中島室長】
アメリカザリガニにつきましては要注意外来生物に位置づけるということで、資料2-3の1ページ目にアメリカザリガニに関する情報という個表をまとめておりまして、特定ではなくて要注意外来生物にする、そういう評価をした理由というところに簡単に書いてあります。
既に蔓延している地域が多く、またペットとしての飼養も極めて多いため、適正な執行体制の確保や効果的な防除が困難であるとまとめているんですけれども、1つは、かなり広く蔓延しているので防除は困難であるということは話の前提としてはあるんですけれども、そこが理由ではなくて、そういう状況の中で、意図的に取り扱う飼養とか、あるいは運搬とかにだけ非常に厳しい規制がかかると。その規制の効果があるかというと、ほとんどの地域においては効果がないということになっているわけです。
ですから、規制に関する国民の理解が得られないのではないかというのが我々の一番大きな心配でありまして、それをこんなふうに表現をしているところであります。
被害が大きいアメリカザリガニが指定されないことには不公平感があるのでは、という指摘
今回アメリカザリガニを除く外来ザリガニが規制されたわけですが、指定しないことは致し方ないとしても、拡がりすぎてしまったので対処できません、と現状追認するのはどうか、という話があります。
※引用部分のマーカーは筆者
【中井委員】
今回、検討対象がザリガニでしたが、外来種対策の普及啓発というところでいくと、一番の懸念がアメリカザリガニだと思います。ずっと前から言われていることですが、学校教材で使われていることについては何か改善の余地はないのですか。環境省から文科省に対して。
議事録第5回専門家グループ会合(無脊椎動物)(2020)
身近な観察のしやすい生き物としては確かにそのとおりなので、全国津々浦々で教材として、いないところだと購入して拡がっていって、それが教育という名のもとにどんどん拡がっている状況が続いているわけです。そもそもアメリカザリガニとアカミミガメは、ずっと特定外来生物に指定したくてもできない二大巨頭だったはずです。最初からやばいと分かっていたけれども、これだけ身近だし、これだけ飼育者が多いし、子供が犯罪者になってもいけないということで、特定外来生物の枠とは別に要注意外来生物などができたわけです。
そういう中で、一方でその状況を悪化させるといいますか、さらに先に進めてしまいかねない原因の大きな部分として、教材になってしまっている状況は、何とかしなければいけないとずっと当初から言われていたと思います。こういう会合がないので、そのままになっているのかもしれませんが、何らかのアクションを今後考えなければいけないとお考えかどうかということです。
専門家グループの委員からも教材で使わないなど外来種問題の普及啓発に向け改善策が必要だ、という指摘があり「外来ザリガニ規制に関するページに「今回指定候補から除外されたアメリカザリガニの取扱いについて」という注釈が付け加えられています。
※今回指定候補から除外されたアメリカザリガニの取扱いについて
本会合において、我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト(生態系被害防止外来種リスト)において緊急対策外来種に選定されているアメリカザリガニについては、生態的影響(あるいは生態的特性)としては特定外来生物に指定する要件を満たしているものの、現行法下において指定した場合、飼育個体の大量遺棄が懸念されるなど、社会的な混乱を引き起こすことが懸念されるため、今回の指定は見送ることが適当とされた。
これを踏まえ、環境省としては、次期法改正に向けて対応方法を検討するとともに、当面の対応として、アメリカザリガニの生態系への影響と生息域の拡大防止について改めて知見の収集や普及啓発、各主体による取組への支援を強化していくこととする。
第 12 回特定外来生物等専門家会合議論の結果(2020)
この法改正という話は、現行法では対応できないので法改正も視野に入れますよ、という話のようです。
特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)は2005年に成立(2006年施行)、2013年に改正法が成立(2014年施行)し、必要な対応を行っていますが、2019年に施行後5年を経過することから、改正外来生物法附則第5条に基づき、施行状況について検討を加え、必要に応じて法改正の検討を行います。
外来生物法の施行状況の検討 | 日本の外来種対策 | 外来生物法
現在、法改正に向けた検討が始まっていて、そのなかで、アカミミガメやアメザリを念頭に規制内容が異なるカテゴリー分けを行うことが検討されています。
議事録中でも「アメリカザリガニは水生生物にとって非常に侵略的で、水草を始めとして環境自体を変えてしまう。」と指摘されているように、アメリカザリガニの侵略性については満場一致であり議論がありません。
一方でアメリカザリガニ規制への歩みが緩やかに見えるのは、もう一方のミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)対策に予算が付いて段階的規制など落とし所が検討され先行している事情があるようです。その知見が法改正にも反映されることを期待しましょう。
ミシシッピアカミミガメについては特集ページができ、ねずみ算的に増えることを計算してみるなど、教育向けの資料も作成されています。
アカミミガメ | 日本の外来種対策 | 外来生物法学習ツール | 日本の外来種対策 | 外来生物法
要注意外来生物と緊急対策外来種の違い
なお「要注意外来生物」というくくりは「生態系被害防止外来種リスト」に置き換わってアメリカザリガニは”総合的に対策が必要な外来種(総合対策外来種)”である「緊急対策外来種」に指定されています。
アメリカザリガニの規制には意味がないのか?
長くなるので別記事にしますが、ザリガニが侵入したため壊滅した希少種生息地は沢山あります。当然、希少種でない水生昆虫も激減しています。私達の足元には、タマガムシのような魅力的な種がひっそりと生息していますが、これらも減少しつつあるのです(開発などほかの要因もある)。
アメリカザリガニの「特定外来生物」除外の経緯を見ていると、被害があれば実効性の有無とは別に指定していく基本方針、でありながらアメリカザリガニについては社会的な議論が巻き起こるので指定しない、ということになっています。
当然、この状況には批判もあります。生物多様性に対する被害が明らかでありながら、一方で教育で用いられ規制もされないとなると、ほかの指定種とのバランスや、社会に対するメッセージとしてはわかりづらいと言わざるを得ないでしょう。
「在来種の保全を脅かす『本丸』を、なぜ放置するのか」と憤るのは、神奈川県立生命の星・地球博物館の苅部治紀主任学芸員。アメリカザリガニが増え続け、ゲンゴロウや、主に北海道や東北地方の一部を生息域としてきたニホンザリガニなど、希少な在来種が駆逐されてきたとし「取り返しがつかないことになる。指定に移行期間を設けるなど工夫の余地があるはずだ」と強調する。
アメリカザリガニ「特定外来」見送り、効果に疑問の声: 日本経済新聞
次の「外来生物法」改正でまとめて対処?
アメリカザリガニについて規制が見送られた割に無策に見えるのは、外来種問題のもうひとつの象徴種アカミミガメの方で検討が進んでいて、「外来生物法」の改正でまとめて対応しよう、という話があるからのようです。
詳しくは以下の記事をご覧ください。
アメリカザリガニに関するFAQ
指定されていません。アメリカザリガニを除くすべての外来ザリガニが「特定外来生物」に指定されています。除外された理由は記事本文をご確認ください。
直接的には「特定外来生物に指定する要件を満たしているものの、現行法下において指定した場合、飼育個体の大量遺棄が懸念されるなど、社会的な混乱を引き起こすことが懸念されるため」とされています。詳しくは本文をご覧ください。
あります。同じく拡がりすぎているミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ・アカミミガメ)と合わせ、次の特定外来生物法の改正で対処することが検討されています。詳しくは本文をご覧ください。
2020年(令和2年)11月2日に外来生物法による規制が始まっています。
アメリカザリガニを除くすべての外来ザリガニが「特定外来生物」に指定され、捕獲後の移動・飼育・放流・販売・譲渡・放流が禁止されました。詳しくは本文をご覧ください。
アメリカザリガニを除くすべての外来ザリガニが規制対象です。
既存で飼育している個体は、許可を得ての飼育継続が認められます。詳しくは本文をご覧ください。