「生物多様性のめぐみ」「生物多様性が損なわれる」などの言い回しがあります。生物多様性の定義や保全した時のメリットとは。生物多様性を構成する要素は生態系・種・遺伝子という3つの多様性。保全することで、食品や医薬品など生物多様性のめぐみや、レジャーや文化などの生態系サービスを得られるメリットがあります。
生物多様性とは何か
日本も締結している生物多様性条約では、生物多様性をすべての生物の間に違いがあることと定義し、生態系の多様性、種間(種)の多様性、種内(遺伝子)の多様性という3つのレベルでの多様性があるとしています。
生物多様性が損なわれるとどうなるか
世間に衝撃を与えた熊本産アサリの産地偽装。95%が海外産だったとされますが、その背景にはアサリの不漁があり、生物多様性のめぐみが失われた影響の一つです。
例えば水や空気のように、生物多様性が提供する機能には、私達個人が普段は意識しないものも多いでしょう。生態系が劣化することで失われるサービスには、これまで外部経済化されてきたものも多いのです。
しかし、個々の企業が汚染物質を垂れ流した結果、四大公害などの問題となったように、いずれは人間社会に跳ね返ってきたり、漁獲が減って高値になるなどの影響を与えます。生物多様性の保全と持続可能な利用の重要性が、見直されつつあるのです。
なお、生物多様性の保全とは“手つかずの自然”だけを目的にするものではりません。特殊な環境に少数住む種の保全などもあろうと思いますが、持続可能な水産資源の利用なども、生物多様性の保全に含まれます。
生態系の多様性
人間を含め、生物が生きていくには大気・水・土などが必要です。これらは、森林、里地里山、河川、湿原、干潟、サンゴ礁など多くの自然環境が絡み合って成立しています。森林から酸素が供給され、流れ出した栄養素は河川を経由して海にいたります。
また、同じ森林でも針葉樹林なのか広葉樹林なのか、山なら高度や緯度の違いなど条件は様々で、それぞれに固有の生態系があります。
例えば、蝶には卵を産む草が決まっている種類がいますが、その食草が生えない場所には当然住めません。ゲンゴロウは蛹になるとき土に潜るので、コンクリ護岸された所では繁殖できません。サケやウナギのように、海と川を行き来する魚もいます。
こうした生態系は開発や公害で損なわれがちですが、生態系の多様性を保全することが、多くの種を保全することにつながります。
私たちが思っている以上に、生活史がわかっていない生き物が多い例をご紹介。樹液に集まるカナブンは身近な種ですが、その幼虫がどこで育つのかは、近年まで知られていませんでした。
2011年に「月刊むし」で、カナブンの幼虫が葛群落の下で育つこと、葛群落根元の乾燥した土が羽化に適していること、葛群落の減少がカナブンの減少につながっていることが明らかにされました。
ちなみに、畑で出てくる芋虫はコガネムシで、カナブンとは別の虫です。
種の多様性
生息地が失われたり乱獲されたりすると、最終的に絶滅する種が出てきます。種の多様性の損失です。
種の多様性とは、その生態系に様々な種が生息している状況を指します。それぞれの生態系は、微生物から動植物まで多くの種から構成されています。生態系のピラミッドで知られるように、一般に食物連鎖の下位にいくほど種も個体数も増えていきます。
それらの中のある一種がいなくなったとして、短期的には影響ないかもしれませんが、歯抜けするようにどんどんいなくなれば、いずれ上位の種もいなくなります。
種の多様性を定量的に測る指標には複数あり、シャノン・ウィナーの多様度指数がよく使われています。
- シャノン・ウィナーの多様度指数
- シンプソンの多様度指数
- 中村のRI指数(RIグループ指数)
種の豊富さ(Species richness)と均等度(evenness)
種の多様性は、種の豊富さと均等度という2つの側面から評価されます。ここでは均等度の概念について説明しましょう。
例えば、侵略的外来種のザリガニが侵入すると、在来種の種数も個体数とも激減することが知られています。
種数が減る前に、在来種の個体数が減っていく段階はどう評価されるでしょうか。10種それぞれ10個体いた池がザリガニだけで91個体を占める状態になった場合、前者の方が種の多様性が高いと評価されます。
つまり、ほぼザリガニしかいない池、ほぼブラックバスしかいない池は、生物多様性が損なわれています。
保全の優先度をつけたい場合や、在来種がいなくなった代わりに外来種天国になっている場合、どう評価すればよいでしょうか。
単純に在来種や希少種の有無で判断する場合もあれば、種を重要度でグループ分けして重みづけする中村のRIグループ指数で定量的に評価する場合もあります。
長年単一種と思われていたが、実際には複数種が含まれていた事例も、よくあります。キリギリスやサザエのような超有名種でもあるわけですから、実際には人知れず絶滅した種もいるはずです。
- 2006年にキリギリスがヒガシキリギリスとニシキリギリスに分かれた例
- 2017年に日本産サザエが新種と判明した例(参考)
- 2000年以降、サンショウウオが15種以上に分かれた例(参考)
- 2018年にコウベツブケンゴロウの中に新種のニセコウベツブゲンゴロウがいることがわかり、さらに2020年に新種のヒラサワツブゲンゴロウがいることがわかった例
勢いあるTweetで最近話題の軟体動物多様性学会の中の人がサザエ新種記載の先生で、その経緯を語っている話。
従来コウベツブゲンゴロウとして扱われていた中に、ニセコウベゲンゴロウとヒラサワツブゲンゴロウが紛れていた話。両方とも担当は石川県ふれあい昆虫館の渡部さん。
遺伝子の多様性
遺伝子の多様性は、種内の多様性とも呼ばれます。地域によって異なるホタルの発光間隔が、放虫によって失われた例が有名です。同じ稲でも耐病性や耐寒性、収量・食味で品種改良される例など、遺伝子の多様性は身近な所でも人間生活に大きく関わっています。
遺伝子の多様性は、別個体群からの放流や外来種との交雑などで起き、気づいた時には手遅れなことが多いことも特徴です。
- 保護機運の高まりの元に各地でメダカが放流された例
- 鴨川水系のオオサンショウウオがほぼ外来種との交雑種になってしまった例
- バラタナゴが外来種との交雑種に置き換わっている件
生態系サービスとは
私たちのくらしは、食料や水の供給、気候の安定等、生物多様性から得られるめぐみ「生態系サービス」に支えられています。
整理されている、とは日本も生物多様性条約を締結していて、生物多様性国家戦略ほか国内法なども整合性が考えられているからです。
きれいなチャートがなかったので、私の方で作りました。ご自由にお使いください。
供給サービス
生態系サービスの供給サービスには、人間社会が生物多様性から得られるメリットとしてわかりやすいものが含まれます。農産物・水産物・木材や各種原料など、微生物や動植物、あるいはそれらが生み出す物質から得られるものが含まれます。
国連の主導で行われた「ミレニアム生態系評価(MA)」や、「生物多様性及び生態系サービスの総合評価 2021」では、これらを分類・計測する指標が設けられ、定量的に評価されています。
調整サービス
生態系サービスの調整サービスには、ヒートアイランド現象・洪水・土壌流出の緩和や、栄養循環、花粉媒介・病害虫のコントロールなど、人間社会の生活の質に関わる項目が含まれています。
文化的サービス
生態系サービスの文化的サービスには、宗教や祭、教育・景観・伝統芸能・伝統工芸・観光・レクリエーションなど、人間が自然にふれることで得られる文化的なサービスが含まれます。
例えば、将来花見できなくなるかもと言われたらびっくりするかもしれませんが、特定外来生物クビアカツヤカミキリの生息地拡大(参考)にともなって、桜並木が壊滅する事例も出始めています。
例えば、乱獲でウナギが取れなくなり、ワシントン条約で取引が禁止されるかもという話があります。その結果鰻屋が壊滅すれば、食文化の地域多様性が失われることになります。これはワシントン条約が悪いという話ではなく、持続可能な漁業を成立させることが、食文化の存続にも寄与するということです。
基盤サービス
生態系サービスの基盤サービスは、植物の光合成や、昆虫や微生物による土壌形成、水の循環など、上記3つの生態系サービスを支えるサービスが含まれています。
生物多様性の保全は、結局の所人間のためでもある
生物多様性が損なわれると、回りまわって人間社会にも影響が出てきます。いくつか例を示したように、生き物の生態や生活史でわかっていないことは、みなさんが思っているより多く、予防原則として生態系を保全しておくことが、持続可能な漁業などに貢献します。