オウサマゲンゴロウモドキ展示3館目となる「石川県ふれあい昆虫館」を訪問。ゲンゴロウと自分について、あらためて考えなおす旅となりました。
あらためて考える、とはオウサマゲンゴロウモドキが目的ではあったものの、自身の興味や知識の狭さに関する反省、あるいはゲンゴロウ保全やその研究者をとりまく困難に思いを馳せることになったためです。
オウサマゲンゴロウモドキの現在
2019年11月、ゲンゴロウの現存する世界最大種であるオウサマゲンゴロウモドキ生体が国内に初輸入され、生体展示が開始されたことは大きなニュースとなりました。こちらの記事で経過を追っていますが、各館の地元紙はもちろんNHKをはじめとする全国メディアでも取り上げられました。
日本でも大型ゲンゴロウは減少傾向にありますが、オウサマゲンゴロウモドキも欧州で保護対象の希少種となっています。本種では幼虫の餌であるトビケラを大量に集めるのが困難で、入手が容易な代替餌を開発できれば、繁殖のハードルを大きく下げると期待されています。
その点、日本では展示館に選ばれた猪苗代の「アクアマリンいなわしろカワセミ水族館」には平澤 桂さん、山梨県「北杜市オオムラサキセンター」の冨樫 和孝さん、石川県ふれあい昆虫館の渡部 晃平さんと、豊富な飼育経験をもつゲンゴロウ担当者がいて、いきなり未経験種を持ってきても繁殖および代替餌の開発に取り組める環境にありました。
そして、すでに論文が出ている通り、3館ともオウサマゲンゴロウモドキの繁殖に成功し、2020年11月現在2年目の飼育に入っている所です。繁殖については後述します。
近くて遠い「ふれあい昆虫館」
ところでオウサマゲンゴロウモドキがゲンゴロウ世界最大種と言っても40mm台で、これは日本のナミゲンゴロウでも40mm台になるように、めちゃくちゃ大きいわけではありません。実は世界には40mm台のゲンゴロウは何種もいるんですね。
しかしオウサマゲンゴロウモドキは、横に大きく張り出した縁や雌の黄金の筋などの特徴を持ち「見栄えもする世界最大種」と言えるでしょう。
ゲンゴロウ全般にそうですが、角度で発色が異なり、たまたまベストな角度で撮影可能な場所にとまってくれないと、いい写真を撮ることは困難です。
したがって現地で見るに越したことはないのですが、あいにく寒い時期のオウサマゲンゴロウモドキは物陰に隠れて30分以上動かないこともザラです。
暖かい時期や朝の餌やり時は動き回るそうですが、今夏はコロナで動けなかったためジリジリとその時を待っていたのでした。
東京から金沢までは北陸新幹線1本で3時間弱と昔より楽になりましたが、数万かけて往復6時間と考えれば、本当なら家族で金沢観光を兼ねて2泊3日したい所です。
結局、Go To対象期間が1月までで、寒くなるほど動かなくなることを考えて一人で11月に訪問することにしました。
このように物理的には遠かった「ふれ昆」ですが、ゲンゴロウ担当の渡部さんはTwitterで折に触れアドバイスをいただく関係にありました。今回もお忙しいなか、フィールドに案内していただき、ありがとうございます!
Twtitterが出てカメラも高性能になり、素晴らしい写真や最新の知見に接することができるようになったのは画期的なことで、島田拓さんの「ありんこ日記」なども毎回熟読しています(突然の推し!)。
金沢から「ふれ昆」まで1時間かかる件
金沢駅から「ふれ昆」までは車だと30分ですが、電車だと1時間もかかります。しかも、途中の北陸鉄道石川線は単線なので、次の電車は40分後です。
これはこれで風情があって良いのですが、数分おきに電車が来る都内の感覚でいると失敗するので気をつけましょう。私はいきなり乗り過ごしましたw
石川県ふれあい昆虫館の展示
かわせみ水族館やオオムラサキセンターでは、午後到着して閉館までオウサマゲンゴロウモドキ水槽に張り付いていたわけですが、今回はフィールドに出る予定もあったので館内を軽く一回り。
冬はほぼ動かないとわかっていたのと、いずれ100匹乱舞する水槽を作ってくれると思いますので、そうした、家族連れで来たいですね。
ニセコウベツブゲンゴロウのパネル
Twitterで昆虫クラスタを見ていると新種発見した人だらけに錯覚しますが、やっぱり一般人からすると、新種を発見するというのは大きな憧れで。そもそも予備知識がないと、アレこれ新種なんじゃないの?ということ自体気づかないわけです。
そういう意味で、こうした身近に新種いるかもよ?という啓発、あるいは今年出た「日本の水生昆虫」みたいな総括本の存在がきっかけとなり、新種や地域未記載種が出てくることになるのではないでしょうか。
ハンミョウ、タイワンオオミズスマシ、タガメモドキの話
ゲンゴロウの話の前にそれ以外で良かった展示の話をします。一部、写真がない種は過去拝見してよかったTweetでご紹介。
まずハンミョウの生体展示。美麗種で、野外で出会うと嬉しくなります。ふれ昆では幼虫と成虫が混在し世代交代が完結する飼育になっているのが新鮮。
幼虫が穴を掘ってる絵は知っていても、実物を見たことがある人は少ないのでは?
小さな生き餌を継続的に必要とする種はなかなか家庭で飼えないので、そういう意味でも館の付加価値になっています。
次にタイワンオオミズスマシ。日本最大のミズスマシで与那国島に生息しています。ちょうど餌やりしていて、捕食シーンを見られて満足。
ミズスマシはなぜ極端な旋回能力が必要なのか?という素朴な疑問があったのですが、数mmの微小昆虫を捕らえるためなのだということが、よくわかりました。
ミズスマシは蛹化が難しい話を聞きますが、ふれ昆では安定した繁殖方法を確立しています。
さなぎから羽化するまでに従来はカビによって9割が死滅していたが、さなぎの繭となる土を電子レンジで「チン」することで殺菌し、8割が羽化できた。
https://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20200306104.htm
以前、カビ対策に砂を使うと良いという話も、Twitterで盛り上がりましたね。
最後にタガメモドキ。タガメより大きなコオイムシ、的な種でアフリカなどに生息しています。日本のコオイムシの3倍くらいありますから、卵を背負った時の迫力はすごいことになりそうですね!(などと想像するのが楽しい)
ところで、ガラスの泥跳ねや水垢でうまく撮れなさそうだな、と判断してしまった展示がありました。定期的に掃除されていると思いますが、誰でもきれいに撮れる環境というのも、SNSでの映えにつながります。
常時1000匹の蝶が飛び交う大温室
あまり予習していませんでしたが、約10種1000匹がいる放蝶温室は、ふれ昆の名物なんですね。これだけいると数十cmの距離で見られるので外れがない!子どもはこちらに放して自分はゲンゴロウ見に行こうかななどと悪いことを考えてしまいましたw。
また、「金色の蛹」だけで成虫認識していませんでしたが、「オオゴマダラ羽化時間調整バトル」のオオゴマダラも沢山飛んでいます。
シャープゲンゴロウモドキ、マルコガタノゲンゴロウの話
ふれ昆では、ナミゲンゴロウ+クロゲンゴロウ、シャープゲンゴロウモドキ+マルコガタノゲンゴロウの保護種コンビ、国内絶滅種スジゲンゴロウの各種を展示した水槽があります。スジゲンゴロウは海外産個体を人工繁殖し2017年から生体展示しています。
マルコは緑の鮮やかさが特徴的の一つです。この写真ではその違いがよく表れていますね。
最近増えているコガタノゲンゴロウは、ナミゲンより小さく腹部が黒いことで区別されますが、マルコはコガタノと同じくらいの大きさで腹部が黄色い特徴があります。絶滅危惧種で、野生で偶然見る機会というのはほぼないと思いますが…。
シャープやマルコは「種の保存法」の「国内希少野生動植物種」に指定され、捕獲・飼育・譲渡は禁止。ふれ昆では許可を得て累代しています。
生息数や生息地が減った種は、自然災害や事故などで絶滅してしまうリスクが高まるため「生息域外保全(域外保全)」することがあります。ある程度生息数があるうちに飼育方法を確立することも、動物園・博物館の役割の一つです。
たとえば、ヤシャゲンゴロウは福井県夜叉ヶ池のみに生息する日本固有種ですが、ふれ昆では「生息域外保全を見据えたゲンゴロウ類の効率的な飼育方法 : ヤシャゲンゴロウを中心として」などを出しています。
【動画】大水槽でゲンゴロウが乱舞する様子を眺める至福
我が家にもゲンゴロウ水槽あるわけですが、ふれ昆の水槽は大きい上、水草もよく発育しています。また照明も明るくゲンゴロウがきれいに発色するので、いい写真がビシバシ撮れるでしょう。
前景草が茂っているゲンゴロウ水槽がなぜ凄いかというと、ナミゲンは体格もよく力も強いので水草どんどん抜いちゃうんですね。我が家では何度か挑戦して結局荒れ地のままになっています。
水槽には20匹以上いますが、普段はあちこちに隠れていて餌をやると出てきます。餌やりはアカムシで、一気に食べられないので食事時間が長くなり、観察しやすくなる点がメリットです。
エビや小魚を与えた場合、餌の奪い合いで右往左往するので、すぐフレームアウトしてしまい写真に撮る難易度が上がります。
大きなサイズで見たい方は、元動画をYouTubeにも置いておきます。
オウサマゲンゴロウモドキ水槽
2019年11月から始まったオウサマゲンゴロウモドキ展示は、各館で繁殖に成功し、現在2年目の飼育に入っている所です。苦労された飼育担当のみなさま、おめでとうございます!
すでに交尾栓が付いているメスもいましたが、雄の特定個体が常に水面近くにいるものの、それ以外の個体は滞在中の1時間半ほど動きがありませんでした。冬期はそんなもの、と覚悟していたので想定内。いつか黄金の筋の発色がよい個体をいい角度で撮りたいものですが、またの機会に。
オウサマゲンゴロウモドキの繁殖については日本甲虫学会誌「さやばねニューシリーズ (39)」に「日本におけるオウサマゲンゴロウモドキの生息域外保全への挑戦」として発表されおり、こちらも拝読させていただきました。平易に書かれていて写真も美麗なので「さやばねニューシリーズ (39)」、ぜひご覧ください。
それによると、オウサマゲンゴロウモドキの繁殖には孵化率・トビケラ食・上陸タイミングの3つの困難があったようです。
国内3館合計30頭から始まった飼育ですが、ふれ昆では150個以上の卵から5個しか孵化せず、記録的と言われた2019-2020の暖冬が原因となり、性成熟が不十分だったと考えられます。いくら手練でも5匹では成虫にするのが精一杯で、緊張の日々が続いたことでしょう。
次に、オウサマゲンゴロウモドキ幼虫はトビケラ専食に近く、餌の確保および代替餌の開発には課題が残りました。昆虫には色々な餌を食べる「広食性」からある程度食べるものが決まっている「狭食性」、それしか食べない「単食性」まであるわけですが、「単食性」になるほど代替餌の
トビケラ幼虫は落ち葉や小石で作った筒状の巣に隠れていますが、オウサマゲンゴロウモドキ幼虫が脚でトントンと叩いて出てきたところを捕らえる、という特異な習性が観察されています。
トビケラの種でも好みがあるそうで、なかなか手強いな、という印象です。
最後に、オウサマゲンゴロウモドキはシビアな上陸タイミングが挙げられます。一般にゲンゴロウ類の上陸タイミングは、数日餌を食べなくなったり、上陸仕草を見せるなど、手慣れた人ならある程度判別できる物です。一方、オウサマゲンゴロウモドキは前日餌を食べていたのに翌朝には死亡しているなど、上陸可能な期間が短いことが示唆されています。
このように色々困難はあったものの、合計44頭の新成虫が誕生し、オウサマゲンゴロウモドキ累代の目処が経ったと言えるでしょう。特に、一番北方のカワセミ水族館では倍に増えており、ほかの館でも孵化率が向上すれば、同様の結果が得られるのではないでしょうか。
実は目玉!ヒメフチ幼虫の“ぷくぷく標本”
オウサマゲンゴロウモドキ展示ブースでは、各種と比べられる標本箱が置かれています。実は写真のヒメフチ幼虫が噂の”ぷくぷく標本”で、渡部さんも自信作と断言する出来なのです。
よく成長したゲンゴロウ終齢幼虫は、腹部がパンパンに膨らみますが、普通に標本にすると萎んでしまう課題があります。”ぷくぷく標本”では、アルコールで脱水した後、漂白剤で体を膨らてから乾燥する工程を加えることで、生時の膨らみを再現します。
本記事を書いている最中に、この標本作成方法が昆虫展示技術の発展に貢献した施設に贈られる「矢島賞奨励賞」を受賞したと発表されました。おめでとうございます!
フィールドで5mm以下の水生昆虫を覗き込む
ふれあい昆虫館見学の後は、渡部さんのご厚意でいい感じの湿地に連れて行ってもらいました。オオミズスマシ、ツブゲンゴロウ、コツブゲンゴロウ、サメハダゲンゴロウ、チビゲンゴロウ、ヒメミズカマキリ、コガシラミズムシ、タマガムシなど、多くの種を見られました。
写真だとTG-6でもなかなか厳しいので動画にしました。それぞれの種の雰囲気が伝わるかと思います。
まず、オオミズスマシ。11月にも関わらず目視できる個体数がいました。ミズスマシは全国的に減少傾向で私も前いつ見たか思い出せません。「日本の水生昆虫」には”つまむと独特な清涼な匂いを出す”とありますが、嗅ぎ忘れました。
ツブゲンゴロウは初見。4mm強。胸部が緑色になる個体が出て好み。泳ぎは巧みで無重力っぽいなめらかな移動を見せます。
ツブゲンゴロウより小柄なコツブゲンゴロウ。動画で見ると、泳ぐというより歩いている。
2.5mmほどのマルケシゲンゴロウ。秘技「サメハダ神拳」が炸裂すると取れるらしい。
2mm切るサイズになってくると、肉眼では厳しくなってきます。仰向けでピコピコ動く感じ。マルミズムシはマツモムシ科に近縁で、背中が盛り上がった独特の形をしています。
うまく撮れたらめちゃくちゃバズることで知られているタマガムシ。何度見ても変。実物見てみたかったので満足です。
さて本サイトは「ゲンゴロウ飼育ブログ」を名乗っていますが、その興味は大型種中心で、1cmを切る種はほとんどわからないことを白状しなければなりません。
今回も指先に張り付いた微小種を「これ〇〇です」と言われるたびに目を白黒させていましたが、持ち帰って観察してみると、模様や泳ぎ方など個性豊かな種ばかりです。自分の興味や知識の狭さを反省しました。
また、先日もゲンゴロウ遠征に行ってきましたが、年一回訪れただけなのにため池が2箇所、潰されていました。毎年どれだけの生息地がひっそり消滅していくのでしょうか。
また、こうした種を保護するには専門家の力も欠かせませんが、昨今大学の研究費削減や司書・学芸員の薄給がたびたび話題になり、あるいはアメリカ大統領選でも科学を軽視する発言が見られました。今後も専門家に敬意(と報酬!)が払われる世の中であって欲しいなと思います。