【今昔】タガメが絶滅危惧種になった理由

卵塊を保護するタガメ

日本最大の水生昆虫である「」は年々数を減らし、絶滅危惧種となっています。「昔はそこらにいたもんだ」と語られる時代から、2020年現在まで、タガメがどのような歴史をたどってきたか、文献や記録から探っていきます。題して「タガメはいかにして絶滅危惧種となったのか」。

【特集】タガメの方法

日本最大の水生昆虫タガメ。タガメの飼育方法や、交尾から、幼虫の育て方まで、タガメの飼育・繁殖方法についてはこちらの特集もご覧ください。

絶滅危惧種の基礎知識

タガメは「絶滅危惧種」になっている訳ですが、何に掲載され、絶滅のおそれがどういうカテゴリーに分類されるかについての基礎知識から。

まず国では、専門家による検討・評価を経て絶滅のおそれのある野生生物の種を一覧にした「RL(レッドリスト)」と、レッドリストの解説として掲載種の生息状況等を取りまとめ編纂した書籍「RDB(レッドデータブック)」の2本を基礎資料として用意しています。

現在の最新は「環境省レッドリスト2020」で、このほか都道府県が独自で作成・公表したRL/RDBもあります。

RL/RDBに掲載された種は、絶滅のおそれによってカテゴライズ(ランク付け)されます。タガメは「絶滅危惧II類(VU)」、すなわち「絶滅の危険が増大している種」に選定されています。

環境省Webサイトより「カテゴリー(ランク)の概要」

「絶滅の危険が増大している種」とは具体的には「現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、野生での存続が困難なもの。」という状態を指しています。

環境省レッドリストカテゴリーと判定基準(2020)」より

2020年から種の保存法で販売が禁止される

RL/RDBでVU(絶滅危惧II類)に選定された結果、タガメは種の保存法「特定第二種」に指定され、2020年2月から販売・頒布目的の陳列・広告、譲渡し、捕獲・採取、殺傷・損傷、輸出入等が原則として禁止されています。

レッドデータブック(RDB)のタガメの項目では、1950年まではふつうに見られたが、1980年頃には各地で姿を消した、とされています。

タガメは昔から子供用の図鑑などで、里山の水生昆虫の代表として、よく取り扱われてきました。実際、1950年代までは都市近郊を含め、国内の大部分の地域でふつうに見られた昆虫でした。しかし、1980年頃までには大部分の水田やため池からその姿を消し、各地から地域的な絶滅が伝えられました。

RL/RDB:環境省

タガメが減少した原因としては、農・開発・灯火の3つが挙げられるでしょう。タガメは農薬に敏感で、水田で農薬が使われるようになった1950年頃から急速に数を減らしました。さらに、乾田化で産場所が減少するなど、農業の近代化の影響を受けたものと考えられます。

なんとなく、農薬を使う稲作が昔から行われてきたように思ってしまいますが、日本で化学的な農薬が大々的に使われるようになったのは、戦後の1950年代からとわりと最近の話なのです。

日本では、1921年(大正10年)に貯蔵穀物害虫の駆除剤としてクロルピクリンがはじめて国産化され、ついで種子消毒剤として有機水銀剤が導入されました。しかし、当時の農薬の主流は、除虫菊、ボルドー液、塩素酸塩類などの天然物や無機化合物でした。また、農薬の用途も果樹や野菜の病害虫防除であり、イネの病害虫防除に適した薬剤はありませんでした。

日本では大正時代(1920年代)に使用がはじまり、第二次世界大戦後(1950年代)から広く使われるようになりました。

農薬は本当に必要?|教えて!農薬Q&A|農薬工業会

こうして数を減らしたタガメは、農薬の影響が少ない丘陵地や、上流のため池などに点在する形で生き残っていましたが、これらは耕作放棄やゴルフ場開発により失われました。

また、タガメは光に集まる走行性が強く、水銀灯設置からたった数年でタガメの地域個体群が絶滅状態になった事例が複数観察されています。

タガメが絶滅危惧種から脱却するには?

日本最大の水生昆虫であるタガメですが、残念ながら「現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、野生での存続が困難なもの。」である「絶滅危惧II類(VU)」と評価される状況になっています。

タガメ自体は飼育してみるとわかるように産卵数も多く、環境が整えば爆発的に増加するポテンシャルを持っています。一方で農薬に弱い(→平野部・下流域は絶望的)、灯火に弱い(→これは改善の余地あるかも?)など、日本の近代化が弱点となってしまう要素を持っています。

また、生態系のピラミッドの頂点として、タガメは大量の餌を必要とします。オタマジャクシにカエル、にドジョウが数え切れないほどいる、そういう環境が必要です。これはコンクリ護岸された用水路や、やウシガエル、バスが入ってしまった湿地では難しい条件です。

繁殖期に数百mから数km移動してしまう生態もなかなか厄介で、北関東ではそういう個体が一般市民にもよく目撃されていますが、これらの個体が移動した先で死んでしまわないよう、生息地が点在してリンクし合う環境…となると壮大な話になってきます。

私たちの子どもや孫がタガメに触れ合える環境を残していけるよう、努力していきたいものです。

コメントはこちらから(個人を特定できる部分は削除します)

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です