一般的なガムシ類幼虫は水中で成長し、最終的に上陸して蛹を作る生態を持っています。これに対し、タマガムシはやや変わっていて、幼虫は水際の壁を登っている事が多く、蛹も同様の場所に作ります。つまり、タマガムシの蛹化に上陸や土は必要ありません。
4cm弱に達する大型水生昆虫の「ガムシ」に対して、今回主役の「タマガムシ」は3.5mmくらいの小型種。丸っこい体で背を下に巧みに遊泳します。頭を下に巧みに泳ぎ回る様子は昨年20万再生され、ABEMA経由でYahoo!ニュースにも取り上げられる話題となりました。
タマガムシは「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」で「浮葉植物が豊富な, やや水深のある止水域を好む」「蛹室は作らず,水際の基質に付着した状態で蛹化する」とされています。
タマガムシの蛹は水面に浮き、そのまま羽化できる?
ケシゲンゴロウ幼虫の天狗の鼻ような突起がカイミジンコ捕食に特化していることを明らかにした研究で知られるホシザキグリーンの林成多さんによれば、タマガムシは、水面に浮いた蛹がふつうに羽化する特異な生態を持っているそうです。林さんは「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」の著者陣でもありますね。
実際、手元にいるタマガムシの蛹も、自身の動きや水を入れたりする振動で容易に剥離します。そこで、水面に浮かべ、羽化できるか観察することにしました。
タマガムシ幼虫の飼育方法についてはネット上にあまり情報がありませんが、既に卵から成虫にすることに成功しています。
OA-6 水面生活に特化したタマガムシ幼生期の生態(続報)
日本甲虫学会第 8 回大会 プログラム・講演要旨集
タマガムシ Amphiops mater Sharp は,卵・幼虫・蛹の時期を水面や水面近くで過ごす生活史を持つ特異なガムシ類である.このような特殊な生態を持つことから,幼虫の食性にも特異性がある可能性が考えられたことから,改めて飼育を行った.
飼育の結果,水面生活者であるアメンボ科幼虫やホソカ科幼虫を与えてみたものの,幼虫は捕食しなかった.もっとも良く食べたのはミジンコ類であり,水面付近を遊泳する個体を捕まえて食べていた.野外でもミジンコ類が重要な餌である可能性がある一方,特異的に捕食する生物は存在しない可能性が高い.
また,本種の蛹は,水面付近の植物に付着するが,水面の震動で容易に基質から離れてしまう.そこで,水面に浮いた状態の蛹を観察したところ,全く問題なく成虫が羽化した.この性質も,本種が水面生活に特化していることを示している.
写真はスフィンクスのように向かい合うタマガムシの蛹2個。全体的にはテントウムシの蛹に似るが、上面の多くを占める腹部に、横に張り出した突起があることが特徴です。
タマガムシの蛹をひっくり返して何度か水中に沈めましたが、毎回上下正しく浮かび上がってくることを確認済。蛹内部の重心に加えて、腹部の突起には水面で転覆しづらくする機能があるのかもしれません。
現在の所、7匹中その場で蛹になったものが6匹、水上3cmほど登ったものが1匹です。うち、5匹の蛹が水に浮き、沈んだものが1匹でした。
水面で羽化するタマガムシを観察
水面に浮かぶタマガムシの蛹。大部分が腹部でヘルメットのように見える部分が胸部。翅や脚も見えます。
気づいたときにはもうお尻を抜く所でしたが、水面で羽化するタマガムシ
お尻を抜くと、蛹の下を歩いて一周。タマガムシ新成虫が登場しました。黒くなった胸や歩行している脚はもう固まっていて、お腹を抜いた後は翅を伸ばすだけのようです。いやーしかしすごい。正露丸が巧みに泳ぐだけでもすごいのに他にも特殊能力がある!
まだ蛹があるので、もうちょっと初期から観察したいですね!
動画では、中脚だけで泳いでいること、中脚だけ遊泳毛が発達していることがわかります。
浮遊植物が多い環境に特化しているタマガムシ
タマガムシは、葉が水面に浮くヒシなどの浮葉植物が多い、やや水深がある止水域に多産することで知られます。飼育下の様子から推察するに、幼虫はヒシの葉の縁などで成長し、蛹も同様の環境で作るのでしょう。このことは、遊泳力に乏しい幼虫が、離れた岸辺まで移動して上陸する必要がないメリットにつながります。
逆に言うと、水際は増水などで水没する可能性がある場所。その対策としてタマガムシの蛹は水面に浮いて羽化できる能力を発達させたのではないかと考えられます。